ゆるい経営術

がんばるのではなく、努力するのではなく、自然体が最も力を発揮するのであーる。

理想の働き方は「プロニート」

最近、いろいろと働き方について情報が飛び交っているので、流行りに乗っかって僕も書いてみます。

 

僕が普段から考えてる、理想的な状態は

プロニート

です笑

 

なんじゃそりゃー!って感じやと思いますが、そもそもニートの定義は

「not in education, employment or training」

の頭文字から来てまして、

 

就学・就労・職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者

 

なんだそうです。

wikipediaさんより。

 

 

じゃあ34歳以上の人は何て言うのかわかりませんが、僕は

・勉強しない

・仕事をしない

・訓練をしない

の3つを兼ね備えたいな、それでも生きていたいな、と思うんです。

 

 

「何ゆーとんねんー!ええから働けー!」

というお叱りが聞こえそうなんですけど笑、

もうちょっと待ってください笑

 

いつもの通りめっちゃ理屈っぽくなるんですけど、勉強・仕事・訓練をしているかどうか、って周りの人から見たら「してる」と思われても、自分で「してる」って自覚があるかどうかは人によって異なると思うんですよね。

 

例えば、仕事と趣味が非常にリンクしてる人っているじゃないですか。

その人に「何時に仕事終わるんですか?」と聞いたら「うーん、ずっと仕事してるようなもんやから、終わるとか難しいわー」と平気で言います。

 

つまり、仕事をしているっちゃーしてるけど、してないっちゃーしてないし、趣味っちゃー趣味、みたいな状態ですよね。

 

これを勉強や訓練でも当てはめることはできる、と思うんです。

 

本人は好きやからただひたすら本読んだりセミナー行ったりしてるだけで、「勉強してる」って自覚はない。

でも周りからみたら「勉強家やなー」と評価はするかもしれない。

 

この、「自覚がどうなのか」にフォーカスしてみると、

「勉強をしてる自覚がない」

「仕事をしてる自覚がない」

「訓練をしてる自覚がない」

は成り立つと思うんですよ。

 

で、そんな中で圧倒的に動いて圧倒的に価値を提供してるので、勝手に対価(=お金など)を得ている。つまり、プロとして成り立っている、というわけです。

 

それが、僕が考える「プロニート」の定義であり、理想の状態であり、もしかしたらもうすぐそんなことがスタンダードになるんじゃないかな、と思ってるわけです。

 

プロニートは、普通の働き方をしてる人が「やばー、今日10時間も仕事した…残業つらい…」って言ってる横で、「俺たったの14時間しか活動できんかったわー^^」とにこにこしながら言ってそうです笑

 

目指せプロニート!なんですけど、そのためにもっと自分の関心がある分野を深く広く突き詰めていきたいなーと思う今日この頃です。

本質ってなんぞいや

社会人になって仕事や勉強を進めていると、

よく「本質」って言葉に触れる機会が多くなりますよね。

 

「それって本質的やな」

とか、

「なんか、本質からずれてない?」

とか、

いろんな使われ方をします。

 

でも、「本質」の意味をわかって使ってる人って、

果たしてどれぐらいおるんかな?

というのが、僕のもっぱらの興味であります。

 

何を偉そうに、と自分で自分に対して思うので、

じゃあ本質って何なんやろー、と日々考えるわけですが、

ちょっと調べてみると色んな解釈があります。

 

 

「物事の根本的な性質、要素」 (コトバンクより)

「あるものがそのものであると云いうるために最低限持たなければいけない性質をいう。」(wikipediaより)

 

…って、なんかわかりにく!

となるのは僕だけですかね。

 

難しいことを難しいまま伝えるのではなく、

難しいことを簡単に伝えてほしい!

という内なる、かつ切なる声に耳を傾けてみました。

 

 

で、僕が思うことをつらつらと書いてみます。

 

 

まず、数学の勉強をしてたとき、

「逆、裏、対偶」って習ったのを覚えてますか?

 

AならばB、

BならばA(逆)

AでないならばBでない(裏)

BでないならばAでない(対偶)

 

ってやつです。

 

これ、めっちゃおもしろくないですか?

なんか楽しくなってきません?

 

 

たとえば、

「地球は丸い」

が成り立つ場合、

逆は

「丸いなら地球だ」

となります。

で、これが成り立つかどうかを考える。

 

たとえば、ボールとかマンホールとか丸いものは地球以外にもたくさんあります。

なので、この場合の逆は成り立たないことがある、ということです。

 

 

で、次に、裏です。

これは両方を否定します。

 

「地球でないなら丸くない」

 

これも、そんなことないですよね。

火星とか木星とかだって丸いですし。

丸いのは地球だけじゃないぞー!ってなります。

なので、これも成り立たない。

 

 

最後に、対偶です。

逆にして、両方を否定します。

 

「丸くないなら地球でない」

 

ふむふむ。

これは成り立ちそうですね。

いきなり「実は地球は四角だったんです!」とか、

今のところそんなことは言われてなさそうなので。

これは成り立ちます。

 

 

つまり、

最初の命題(テーマ)が成り立つとき、

逆と裏は成り立たないことがありますが、

対偶は成り立つわけです。

 

で、命題と対偶が成り立つときは、

それは「本質である」と言ってもいいのではないか、

と僕は思うわけです。

 

 

根本的であり、なくてはならない性質ですからね。

 

じゃあ、対偶が成り立たないってどんなことがあるのか?ですが、

たとえば

「音楽がなければ、人生じゃない」

なんてどうでしょうか。

 

ほら、ね、キャッチコピーでありますよね。

 

これは

「人が生きるなら、音楽は絶対いる」

の対偶と言えるのではないでしょうか。

 

で、これが成り立つかどうかを考えるときには、

 

「すべてにおいてあてはまるか?」

 

と考えてみるのがおすすめです。

 

もちろん、あてはまる人はたくさんいるでしょう。

音楽が人生の支えになっている人もいるでしょうし、

音楽で生計を立てている人もいます。

 

なので、

「あてはまる人もいる」

ですが、

「あてはまらない人もいる」

です。

 

なので、成り立つときもあれば、そうでないときもあるので、

この命題は本質ではない、となります。

 

 

で、ここで終わっては、

じゃあ本質ってなんなのか?

ってなりますよね。

 

なので、次に考えたいのは、

「じゃあ他にどんな選択肢があるのか?」

ということです。

 

音楽があれば人生はOK!とは言えないことがあるのはわかった。

じゃあサッカーであればどうか?

本を書くということは?

子育ては?

というように、色んな選択肢を出してみます。

 

そうすると、段々と共通点みたいなものが見えてきませんか?

 

たとえばですけど、

「これがあれば人生めっちゃ充実する!と思えるようなものがあるのって、

 自分の人生を豊かにするためにはやっぱ必要よなー」

という共通点っぽいのが見えてきたとします。

 

それが、人によっては

音楽であったり

サッカーであったり

本であったり

子供であったりするわけですよね。

 

 

で、ここで新しい命題が生まれます。

 

「大事なものがあれば、人生は充実する」

 

で、これの待遇を考えてみる。

 

「人生が充実しないのは、大事なものがないからだ」

 

 

おぉ。

なんか急に深い表現になりました笑

 

で、ここに対して

「本当にそうか?」

「全部に当てはまるか?」

と問いかけてみるんです。

 

で、他に選択肢があれば洗い出す。

そこで出てきた選択肢に共通点があれば、

また新しい命題を作り出し、対偶が成り立つかを考える。

 

これの繰り返しやと思うんですよね。

 

 

で、これ、構造的には、

ロジックツリーでいう具体→抽象へのステップを踏んでます。

 

なので、基本的には抽象度はどんどん上がっていきます。

 

だから、本質ってわかりにくい、と言われるんですよね。

そして説明も難しい。

 

本質の最終地点は、

もっとも抽象度が高いわけですからね。

 

だから、どんなときにも使えるけど、

なかなか腹落ちしないし、

理解も難しく感じるんでしょうね。

 

 

でも、今まで書いたような思考をすることができれば、

自然とそのことが「本質かどうか」と考えやすくなってきます。

 

僕はこれを

「具体と抽象の行き来」

と言ってるんですが、

これはもう趣味みたいなもんです笑

 

ただ純粋にそれが好きなんですよねー。

 

 

それでいうと、僕の本質は

「物事の構造を知ること」

なのかもしれません。

(今日一番言いたかったのは、実はこれ笑)

 

 

まぁ難しいことを簡単に説明しようとしたら、

趣味の世界に走ってしまったので余計に難しく感じられるかもしれません、

なんかすいませんでした笑

 

でもこれ、やってみたら楽しいんですよ!

ほんまですよ!

なので、めんどくさがらずにやってみてください!!

 

いつかすべてを説明できる、

本質的なキーワードにまで行きつきたいものです。

同じものを見てても、同じものとして見ていない

たとえば「リンゴ」を見たときに、

人によってそれをどう解釈するか、

って変わってくる。

 

農家の人やったら

「ええリンゴかな~」

ってなるかも。

 

絵を描く人やったら

「描きやすいリンゴやな~」

ってなるかも。

 

栄養学を学んでいる人やったら

「このリンゴに含まれる栄養素は…」

ってなるかも。

 

Apple社が好きな人やったら

「でた!ロゴ!」

ってなるかも(ならんかな笑)。

 

 

つまり、

「リンゴ」

という同じものを見ても、

人の数だけ解釈が変わる。

 

認識のフィルターがあるわけで、

それは

「何に関心をもっているか」

で変わる。

 

農家フィルター、

絵描きフィルター、

栄養士フィルター、

Apple好きフィルター、

色んなフィルターがあり、

そのフィルターは「関心」によって作られている。

 

 

で、そのフィルターを通して認識したもの(A)は、

他のフィルターを通して認識したもの(B)とつながって、

バチバチバチってなんか脳内で電気信号が走って、

新しい認識(C)を生み出す。

 

Aは「絵描きフィルター」を通して見た「リンゴ」やけど、

Bは「絵描きフィルター」を通して見た「雲」かもしれない。

もしくは、「男性フィルター」を通して見た「ジュース」かもしれない。

 

つまり、

「何を」

「どうやって」

見たのかによって、得られる認識が変わってくる。

 

いつも歩いてる道を、

違う視点で見てみると、

違う情報が飛び込んでくるみたいに。

 

 

AとBがつながって生まれる新しい認識(C)が、

その人なりの認識であり、

それが増えれば増えるほど、

それが重なれば重なるほど、

他の誰でもない認識となって個性化される。

 

 

で、それを何らかの手段によってアウトプットする。

 

作る、発信する、言う、動く。

 

そのインプットとアウトプットの繰り返しで、

どんどん世の中に自分から生まれたものを発信して、

それが価値として受け止められたら、仕事となる。

 

 

どうアウトプットするか、も人によって違うはず。

 

「リンゴ」をどう認識し、

他の何と組み合わさって、

どう表現するのか。

 

シンプルに、そのループを日々繰り返してるだけなんかも。

 

だからこそ、自分以外の人と同じ時間を共有することはおもしろい。

知恵を増やす公式

頭の中で思いついたことを具現化することが好きで、

文章を書くのもそうですし、

昔はイラストを描いたり、

自分で遊びを考えてやってみたりしてました。

 

人と話をするときも、

自分にはない視点が加えられるので、

いろいろアイデアが出てきてめっちゃ楽しいです。

 

 

で、昔に考えた

「アイデアの公式」

がありまして。

 

 

めっちゃシンプルなんですが、

 

「知識 × 行動 = 知恵(アイデア)」

 

となる、と考えてます。

 

 

知識が10

行動が10

であれば

知恵は100

になります。

 

 

「頭でっかちで本やセミナーでインプットばっかりして、

 行動はまったくしてない人」

 

は、

 

知識10

行動1

なので

知恵10

になります。

 

 

「外から学ぶことはまったくせず、

 ただがむしゃらに動くだけの人」

 

は、

 

知識1

行動10

なので

知恵10

になります。

 

 

まぁ厳密にいうと、

インプットばっかりして行動をまったくしない、

ということはなかなか難しいと思うので、

行動は1よりも多いと思いますし、

 

行動ばっかりして情報を取り入れないとはいいつつも、

行動するとなんらかのフィードバックが得られるので、

知識は1よりも多いと思います。

 

 

大切なのは、

自分がどれだけの知識があって、

どれだけ行動してて、

その結果の知恵がどれだけあるのか、

ということを数字化してみるといいんじゃないかな、

と思うんです。

 

 

で、足し算じゃなくてかけ算になってるんですけど、

ただなんとなく知識を積み重ねるだけ、行動を積み重ねるだけ、

ではかけ算にはなりません。

 

この公式を成り立たせるためにもうひとつ必要なのは、

 

かけ算 = 思考

 

なんです。

 

同じ情報を得て、

同じような行動をしても、

その都度自分の頭で考える、というプロセスがあるかどうかで、

それが「ただ積み重なるだけ」の足し算なのか、

「有機的につながる」かけ算なのか、

という違いが生まれます。

 

 

めっちゃ知識あるけど行動しない人の知恵レベルは10です。

めっちゃ行動力あるけど勉強しない人の知恵レベルも10です。

 

でも、ちょっと勉強して、ちょっとやってみて、

なんでそうなるんやろ?次はどうしよかな?と考える人は、

 

知識5 × 行動5 = 知恵25

 

となります。

 

知恵のレベル、アイデアのレベルでずば抜けることができます。

 

 

で、なんでここまでアイデアが大事かっていうと、

知識だけ、行動だけ、って誰でもできるし、

機械でもできるってことなんですよね。

 

自分より詳しい人、

自分より動ける人、

自分より速くて正確な機械。

 

そういった環境の中で、自分が自分らしく生きていくのに、

やっぱりその人なりの知恵とか工夫とかが必要になるんだと思います。

 

今まではそれがあった方が有利、ぐらいだったと思うんですが、

これからはそれがないとしんどい、になっていくんじゃないでしょうか。

 

 

と理屈っぽく言ってみましたが、

僕が単純にアイデアを具現化するのが好きなだけ、ですけどね笑

 

 

知識も行動も少しずつ増やしていき、

そのたびに内省をして思考を深めていく。

 

そうすることで知恵という引き出しが増えるので、

誰とどんな話でもできますし、

何かが起きたときにも自分で考えて動くことができます。

 

いつも入ってる自主性を伸ばすのに、

こういった知恵が増えるといいかなぁ、

と思うので、ぜひ意識してみてください。

カテゴリーとレイヤーとセンターピン

ちょっと、頭の中の思考をまとめたいので、

ひたすら思いつくままに文章にします。

 

読みやすさゼロでいくので、

先に謝りますごめんなさい。

 

 

えっと、まず、人が生きているうえで、

(急に話でかい笑)

色んな側面を出していると思うんですね。

 

仕事とか、

家庭とか、

趣味とか。

 

で、それを

「カテゴリー」

とします。

 

仕事のときの自分と、

家に帰ったときの自分と、

趣味に没頭してるときの自分って、

ちょっと違いますよね。

 

で、そのカテゴリーは人によって増えたり減ったりします。

多ければいい、

少ないのはだめ、

みたいなのはないです。

 

さらに、カテゴリーは、

完全に分かれているわけではなく、

完全にかぶっているわけでもないです。

 

違うけど共通点もある、

みたいな感じです。

 

で、これは現在だけじゃなくて、

過去の分も含みます。

 

いま社会人でも、

昔は学生やったと思うので、

「学生」カテゴリーもあります。

それは現在でも活きています。

 

これがカテゴリー。

 

 

次に、レイヤーです。層です。

 

これは何か考えたり、行動したり、

といった活動すべてが、

どんどん積み重なっていく感じです。

 

ミルフィーユみたいに、

ひとつひとつは薄くても厚くても、

確実に積み重なります。

 

これによって、

カテゴリーだけだったら平面やったんですけど、

レイヤーが積み重なることで立体になります。

 

 

で、カテゴリーによって違う自分だったり、

時期によって違う自分だったり、

(小学生のときはアホなことばっかりしてたけど、

 今ではかしこになってる、など)

いろんな自分が多面的になってくると思うんですね。

 

 

で、ここでセンターピンが登場します。

 

 

いくら(カテゴリー、レイヤーごとの)違う自分であっても、

 

「すべてに共通している自分」

 

ってあると思うんですよ。

 

 

その

 

「すべてに共通している自分」

 

が、

 

「センターピン」

 

やと思うんです。

 

 

「カテゴリー」という場所に、

「レイヤー」が積み重なって立体になり、

「センターピン」が通っている。

 

 

なんか、ほら、あれですよ、

伝票刺していくやつみたいな感じですよ。

 

見たことありません?

こんなやつ。

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そう!

 

これ!

 

で、伝票を刺していくと、どうしてもバラバラな方向に向いてしまいますよね。

 

これが、「カテゴリー」が違う、ってこと。

で、1枚1枚の伝票が「レイヤー」。

でも、上から見たら「センターピン」らへんは全部重なってる。

 

 

この、

「カテゴリー」

「レイヤー」

「センターピン」

って考え方ができれば、

めっちゃ自分ってどんな人間なのか、

がわかりやすくなってくると思うんですよね。

 

 

「カテゴリー」という視点から見ると、

・普段生活をしていて、どんなカテゴリー(側面)があるのか

・それを増やしてみるとどうなるか

・それを減らしてみるとどうなるか

 

「レイヤー」という視点から見ると、

・もっと考えてみたいことは何か

・もっと行動してみたいことは何か

・今までどんなことを考えたり行動したりしてきたか

 

「センターピン」という視点から見ると、

・すべての「カテゴリー」に共通していることは何か

・すべての「レイヤー」に共通していることは何か

・そんな共通点(センターピン)を一言でいうとどんなことか

 

 

で、それが見つかってきたら、

過去のことすべてに意味があり、

しかも全部それでよかったんやな、

と腹落ちすると思います。

 

 

さらにさらに、

現在どんなことを考えたり動いたりしたらいいかも見えてくるし、

将来どんなことをやっていきたいのか、も見えてくるでしょう!

 

 

なんか、まとめると普通っちゃー普通のこと言ってますけど、

3つのキーワード(カテゴリー、レイヤー、センターピン)で

まとめたらすっきりしてわかりやすいな!

と思ったので言語化してみました!

 

ふぅ。

一気に吐き出したぜ。

でもまだまだ語りたいぜ。

 

子供の頃から憧れてたものになれなかったんなら大人のフリすんな

 ってゆー歌詞が好きで。

ザ・ハイロウズです。

「不死身のエレキマン」

ってゆー歌です。

 

 

昨日飲み会やったんですけど、

そこで自分の想いをひたすら語りました。

 

周りにいた方、あつくるしかったでしょうけど、

あたたかい目で見守ってください^^笑

 

 

で、何を語ったのかと言いますと。

 

人って、小さいころは自分が何をしたいのか、

感覚的にわかっていると思うんです。

 

好き嫌いがはっきりしてるし、

没頭できるものがあるし、

天然で才能もある。

 

でも、成長過程で

「好き嫌いを言わない」

「何でもできるようになる」

「人のことを第一に考える」

ように教わったり、そうしたほうがいいんやな、と思ったり、

いわゆる「大人」になっていきます。

 

でも、心のどこかでは

「好き」「没頭」「才能」

があって、

それが表に出たくてうずうずするので、

ときたま周りの人が理解できないような行動に走ったりするんやと思います。

 

 

自分が動く理由は「感情」とか「感覚」とかで、

それを周りに説明するために「論理」とか「理由」とかが必要。

最近そう思ってます。

 

 

自分が自分のために動くのは、

そこに「論理」も「理由」もいらないんですよね。

 

好きなことをやればいい。

 

ただ、それだけ。

 

でも、それをやるのが難しい。

それは、

周りへの説明が必要だから。

 

 

だいたい、好きなことやってたらこう聞かれます。

 

「それをやってどんな意味があるの?」

「どんな価値を提供してるの?」

「誰かの役に立ってるの?」

「それで生活していけるの?」

 

もうね笑

 

うるさいよ笑

 

心配してくれてるのはありがたいけど笑

 

 

他人軸に偏り過ぎると、

自分を見失います。

確実に。

 

で、好きでもないことをやって貢献しても、続かない。

 

その結果、相手にも迷惑をかけてしまう。

 

 

だから、その偏りを適切な位置に戻すこと。

 

自分軸に戻すこと。

 

 

そこで自分の

「好き」「没頭」「才能」

を発揮して、

そこで生まれたもの=価値として提供する。

 

 

たとえるなら、

料理の素材である

・にんじん

・たまねぎ

・じゃがいも

は、自分の「好き」「没頭」「才能」である。

 

それをお客さんの注文にあわせて、

・シチュー

・カレー

・肉じゃが

をつくる。

これが「ニーズ」に応える、ということ。

 

肉とかルーとかちょっとした材料を足して、

調理して盛り付けたらいけるでしょ?

 

でも、自分が持ってる素材以外で注文されても、

なかなか調理できない。

 

時間とお金をかけて買いに行かないといけないし、

苦手だからよくわからないしそんなにおいしくないし、

克服した瞬間は楽しいかもしれないけど、

やっぱり持ってる素材で勝負したい。

 

 

それを、小さい頃はなんとなくわかってるんやと思います。

 

で、いろいろ経験して、他人軸も味わって、遠回りしたからこそ、

自分軸に戻ってきたときに提供できる「幅」が広がってたり、

客観的に自分を見てるから自分も相手もわかりやすかったりするのかもしれません。

 

今までのことに無駄はない。

やりたくないことをやってた時期も、

筋トレやと思えば、

好きなことを全力でやり切る土台になる、と解釈できます。

 

遠回りした人こそ、

やりたいことをやり始めたら突き抜けられる。

 

これからの自分が楽しみです。

仕事における「インパクトの瞬間」とは?

最近、ゴルフの上達法が書かれた記事をたまたま見つけまして。

 

まぁゴルフは全然しないのですが、

「上達法」

って言葉に惹かれて記事を見てみました。

 

で、そこに書いてあったのが、

「ビジネスゾーンを意識せよ」

ということです。

 

ゴルフにおけるビジネスゾーンとは、

フルスイングをする範囲のことではなく、

腰の高さまで振り上げる→振り下ろしてボールに当てる→腰の高さまでフォロー

のハーフスイングのこと、なんだそうです。

 

で、特に何が大事かというと、

インパクトの瞬間

であり、

そのときに

・クラブの角度

・クラブとボールの当たり具合(インパクト)

といったことがぴったり合うと、

狙ったところにボールを飛ばすことができる = スコアアップ!

ということです。

 

 

で、そのスイングさえできていれば、

プロとしてゴルフを仕事にできる、

ということで

「ビジネスゾーン」

と呼ばれているんだそうです。

 

 

 

だいぶざっくり書きましたが、

ゴルフについてよくわからないので、

なんとなーくの理解です笑

 

 

で、これって何にでもあてはまるなー、と思って読んでました。

 

 

他のスポーツでもそうですし、

仕事においても活かせそうですよね。

 

 

野球のメジャーリーガーでバットをぶんぶん振り回しながら打つ人でも、

インパクトの瞬間は誰よりも基本通りだ、

という話も聞いたことがあります。

 

 

「これさえ徹底的に練習し、

 自分の理想に近いものがアウトプットできたら、

 それだけでやっていける」

 

基本中の基本で、

しかも成果を出すようなこと。

 

それを徹底的に練習すれば、

全体の80%は得られる。

 

よく言われる

「80:20の法則」

パレートの法則

ですよね。

 

 

じゃあ、仕事においての

「これさえできていればOK!」

ってことって、何なのかなーという、

研究するにはもってこいの問いができました。

 

 

もちろん、

・業界

・業種

・時代

・地域

・顧客対象

といった、様々な要素による違いがあるので、

一概に「これ!」というのは言えないかもしれません。

 

でも、実は、「これ!」というものがあったとしたら…

 

つまりは、

「いつでも」

「どこでも」

「だれでも」

あてはまる、そんなことがあれば、

知りたいと思いますし、

徹底的に練習してできるようになりたいですよね。

 

 

世の中にはたくさんの原理原則本がありますし、

成功哲学も多く語られています。

 

成功者たちの自伝もたくさんあります。

 

 

でも、それだけでも情報量は多いような気がするんです。

 

 

Aという本には「大切だ!」と書かれていることが、

Bという本には「そんなのいらない!」と書かれていることもある。

 

で、どちらの本の著者も、

社会的に成功している。

 

そうなった場合、どちらを信じたらいいかわからないですよね。

 

 

なので、そういった情報は

「80の成果を生み出すための20」

ではないのかもしれません。

 

そういった情報を削ぎ落としたときに、

どんな情報だけが残るのか。

 

そして、それを徹底的に行動したとき、

本当に成果が出るのか。

 

そんなことを実験していきたいなー、

と思ったのでありました。